大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和30年(オ)752号 判決

東京都杉並区西荻窪一丁目二〇三番地

上告人

土田喜久松

右訴訟代理人弁護士

藤原一嘉

同都武蔵野市吉祥寺二二三番地

被上告人

中野清

右訴訟代理人弁護士

里見馬城夫

右当事者間の建物収去土地明渡請求事件について、東京高等裁判所が昭和三〇年六月二八日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨第一点及び第三点について。

原判決が、被上告人においてたとえ本件賃料支払の提供をしても、上告人はその受領を拒否することが明らかであるものと認定したことは、その挙示の証拠(ことに乙一九号証の一、二―上告人より被上告人宛の昭和二一年一〇月一一日附はがき、記録六一丁―及び被上告人本人訊間の供述、記録一九五丁等)によれば、当審においてもこれを是認することができるのである。されば、原判決が被上告人において現実の提供をすることなくした本件弁済の為にする供託を有効であると判示したことは正当である。それ故、所論は採るを得ない。

同第二点について。

所論は、原判決が、本件上告人の催告に係る賃料総額二〇、五五二円二四銭と、被上告人の供託した総金額一九、七六六円〇七銭との差額七八六円一七銭の未払額は、右催告に係る賃料総額に比すれば極めて微少であり、この事実とその他の認定事実とに徴し、この程度の未払は、本件契約解除の理由となし得ないとした判示を非難し、また、右未払額は、一ケ月の賃料に比すれば僅少とはいえないというのである。しかし、所論七八六円一七銭の未払賃料は所論未払賃料総額二〇、五五二円二四銭に比すれば、極めて少額のものというべきであつて、かかる少額の未払賃料あるの故をもつて、賃借人たる被上告人に契約解除の理由ありとなすに足る債務不履行の責ありとするがごときは、原判決認定にかかる本件紛争の経過、事情の推移の下においては、誠実信義の原則にもとるものと認むるを相当とする。それ故、本件契約解除の意思表示を無効のものとした原判決究極の判断は正当であつて。原判決には所論の違法あるものと云うを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 下飯坂潤夫)

昭和三〇年(オ)第七五二号

上告人 土田喜久松

被上告人 中野清

上告代理人藤原一嘉の上告理由

第一点

一、原審に於て本件土地の賃料は昭和二十一年九月より一ケ月金十三円四十四銭であり、昭和二十三年十月十一日からは一ケ月金百五円八十四銭、昭和二十四年六月一日からは一ケ月金百六十二円九十六銭、昭和二十五年八月一日からは一ケ月金五百八十六円八十七銭、昭和二十七年十二月分は一ケ月金六百八十七円であることは認定し其合計金額は金二万五百五十二円二十四銭であることは認められた処である。

而して昭和二十七年十二月末日迄の上告人が受領して居らない前記賃料合計金二万五百五十二円二十四銭也の内金二万百七十五円十二銭也について昭和二十八年一月十日書留内容証明郵便を以つて参日の期間をおいて催告し右期間内に被上告人は賃料を支払はなかつたことは原審の認定するところである。

二、昭和二十八年一月十日現在に於て被上告人の計算に於ても供託を為さない(供託した分も無効であるが)未払賃料は金五千八百五拾円であつたことは明らかである。而して被上告人は右滞納賃料金五千八百五拾円也を上告人の前記催告あるにも不拘何等現実の提供することなく東京法務局武蔵野出張所昭和二十八年金第九五号を以つて供託して居る(乙第十七号証)右被上告人が弁済のため現実の提供を為さずして供託したことは被上告人に於て認むる処で(若し弁済の提供を主張するならば被上告人より立証すべきに不拘其立証はない)弁済の提供なき供託が無効であつて弁済の効果を発生しないことは疑ふ余地のないところである。原審判決は現実の提供をしても控訴人がその受領を拒否すること明らかである以上現実の提供をせずして供託するも適法であると判示して居るがこれが甚だしき誤認である。

本件に於て上告人は受領を拒否したることなきは勿論前述の内容証明郵便を以つて滞納賃料の内金を催告し然も右催告書には供託してある賃料は供託書と共に支払ふ様念のため催告したるもので(甲第三号証ノ一)何人と雖もこれを受領を拒否すること明らかであると判断することが出来るであらうか原審判決はこの明白なる事実及び法理を無視して判断したもので法令に違背したるものなることは免れないところである。

若し原審判決の判断を正しきとせんか民法第四九三条の規定は意味を為さず常に現実に弁済の提供なくして直ちに弁済供託を為すも有効となり我国法律秩序は崩潰せらるるに至るべし。

第二点

一、原審判決は本件に於て前述の如く現実の提供なき供託を有効として尚昭和二十八年一月十日現在に於て本件賃料の未払額を金七百八十六円十七銭ありと認定し、この程度の未払額は前記催告金額に比すれば極めて徴少と言ふべくと判示して居るけれ共延滞賃料が微少なりや否やは催告額により定むべきものではなく賃借人が支払義務ある賃料額により之を判断すべきもので毎月末日一ケ月分の賃料を定期に支払ふ場合にあつては其一ケ月分の賃料額を基準として判断すべきものであると信ずる。本件に於て原審判決の認定したる賃料は一ケ月金六百八十七円であるから少なくとも此の金六百八十七円の賃料額を基準として滞納賃料金七百八十六円十七銭が微少なりや否やを判定すべきである。果して然らば被上告人の賃料滞納金は原審判決によりても金七百八十六円十七銭で本件一ケ月分の賃料金六百八十七円と対比して微少でないことは明らかであつて原審判決は此の点に於ても判断を誤り事実誤認の裁判たること明らかである。

二、債務不履行の場合契約解除を為すことは民法第五四一条の規定する処で苟しくも債務不履行があれば其履行を催告し該契約を解除することを得るものなることは議論の余地がない本件に於て昭和二十八年一月十日現在に於て金五千八百五十円の延滞賃料のありたることは被上告人の認める処であり百歩を譲り仮りに原審判決の認定したる処によりても金七百八十六円十七銭の債務不履行のありたることは明らかである。

右不履行を理由に上告人の為したる契約解除の意思表示は適法にして有効である、従而右契約解除の意思表示を為したる昭和二十八年二月十日以後は被上告人は何等の権利に基かずして本件土地を不法に占有するものであるから上告人の本件請求は正当であるにも不拘原審判決は事実を誤認し法令に違反して為したる判決で、判決に理由を附せず又理由に齟齬あるもので破毀を免れざるものと信じる。

第三点

一、原審判決は上告人が被上告人の賃料の支払を拒否したと判断して居るけれども被上告人が昭和二十一年九月末本件当時の賃料一ケ月金拾三円四十四銭也は本件土地の賃貸借契約書を作成して支払れたき旨を述べたる処被上告人は之を拒否して賃料を支払はず、東京供託局に供託したるものにして何等受領を拒絶したるものではない。原審判決に認定したる被上告人の妻が賃料を持参したるは昭和二十三年十一月末日であつて昭和二十三年十月二十三日上告人の賃料の改訂を通知した時被上告人の妻が本件賃料支払の為めに持参したる賃料金は本件賃料一ケ月金百五円八十四銭なるにも不拘金九十七円の一部弁済であるから受領しなかつたので被上告人の弁済は不適当で弁済の提供の効果を発生せす、従而其供託は無効である。

被上告人の前記弁済は一部弁済であつて上告人が賃料額全部を請求するは当然のことで之をして上告人に受領の義務ありとせんか我国法律制度は根本より覆るものと言はざる可らす従而一部弁済を以つて弁済の提供を為して為したる供託は無効であると信じる。

右被上告人の持参したる金員が上告人の請求したる金百五円八十四銭でないことは乙第十六号証被上告人が本件昭和二十三年十一月分賃料として供託した金員が一ケ月金百二円四十八銭なる事実より見るも之を窺ひ知ることが出来る。

二、上告人は本件土地の正当なる賃料の請求については八王子簡易裁判所へ調停の申立を為し又武蔵野簡易裁判所へ賃料請求の訴訟を提起したるのみならず数度に亘り内容証明郵便等を以つて之を請求して居る事実は原審判決の認むる処にして上告人が本件賃料の請求を続け来りたること明白であつて被上告人の正しき賃料の支払を拒む筈のないことをは明らかである。然るに原審判決はこの事実を無視して「現実に賃料の提供をしても控訴人が其受領を拒否することが明白であると」何等の証拠に基かずして誤認したるもので法令の適用を誤つた判決であると言ふも過言ではない而して右事実の誤認は判決に重大なる影響あること勿論である。

以上何れにするも原審判決は法令の適用を誤り理由を附せず又理由に齟齬ある判決なりと信ず。

以上

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